「物理学へと 川村 光」 リレー・エッセイ③

「物理学へと」

日本物理学会(第73・74期) 会長
大阪大学理学研究科教授
川村 光

 気がつくと、もうずいぶんと長く物理の研究者をやってきたことになります。物理学にも、また色々な分野があるのですが、私の専門は、この世を構成している多様な物質の性質を探求する「物性物理学」という分野です。どういう経緯で、物理学 ― その中でも物性物理学 ― を研究するようになったのか、その辺りのお話を、以下では少しさせて頂こうかと思います。

私は1954年(昭和29年)の生まれですが、この辺の世代の者にとって、やはり湯川秀樹博士や朝永振一郎博士の存在は特別なものです。
私は、小・中学校時代を瀬戸内海の小さな島の学校で過ごしました。
“直島”という島で、今はアートの島として著名です(当時はアートのアの字もありませんでしたが)。そのような田舎の小学校でも、当時、学校の先生は、湯川博士や朝永振一郎博士のノーベル賞受賞と、その研究が如何に素晴らしい業績であるかを、誇らしげに生徒に語ってくれたものでした。小学生であった私に、その中身が判るはずもないのですが、物理学というのは何だか凄い学問らしいという「刷り込み」だけは、確かに与えてくれたような気がします。物理学というものは何か特別なものだと。このような、無意識のうちに行われる初期付けが後々効いてくるということは、結構あるかもしれません。

大学では東京大学の理科一類に進んだのですが、専門を選ぶ際、物理か地球物理かで、大いに迷いました。当時一世を風靡していたプレートテクトニクスがとても面白そうで、地球科学・地球物理も是非やってみたかったのです。確か、当初の希望は地球物理で出したのですが、志望先を変更できる機会があり、その際に物理に変更したように記憶しています。どういう心境の変化で変更したのか、その辺りについては、もうよく覚えていないのですが、、、小学生の頃に憧れた湯川先生、朝永先生は素粒子物理学分野の研究者です。素粒子物理学というのは、万物の基本要素たる素粒子と、素粒子が従う基本法則を明らかにする物理学で、そこでは「より根源的なものへ!」というベクトル、価値観が働きます。一方、大学生になった私は、自分の嗜好性が「世界を形作る根源的なものと基礎法則を極める」こと自体よりも、むしろ「世界の織りなす多様性」あるいは「根源的なものと現実世界が示す多様性の関係」を探ることにあることを、次第に自覚しつつありました。どうやら、根が割とプラグマティックに出来ている人間のようです。その意味で、我々の身の回りにある多様な物質の性質と、それらが示す多彩な物性現象を探求する物性物理学は、私には大変馴染みやすいものでした。

そのような経緯で、東京大学の物理学科に進学したのですが、東大の物理学教室では月1回教室のコロキウムというものが伝統になっていて、時々の講師の方が物理教室のスタッフや学生を相手に、物理の話題に関する講演をしてくださいます。当時、そのコロキウムで、晩年の朝永振一郎博士が講演されました。学生だった私は、これは聞き逃すわけには行かないとばかり、勇んで聴きに行きました。朝永先生は当時既に公職は退かれており、名著「物理学は何だろうか」の執筆をされておられたのだと思います。本が何冊か入った風呂敷包み1つだけを持って講演会場の教室に現れた先生は、穏やかな口ぶりで話される小柄なご老人という第1印象でしたが、壇上で講演を続ける先生のお話を聞いているうちに、印象は次第に圧倒的なものに変わっていきました。先生には、世界の成り立ちの秘密を解き明かす長い孤独な旅を続けてこられたことを物語る、圧倒的な雰囲気がありました。お恥ずかしいことに、もうお話の中身の方は覚えていないのですが、先生の存在が醸し出す清冽な一種独特の雰囲気は未だによく覚えています。そこには、物理学というのはキット素晴らしいものに違いないと思わせる何かが確かにありました。

思い起こすと、私の物理学の研究者としてのキャリアは、こういったいくつかの出来事を通してスタートしたようです。幾星霜、まあ、そう大したことはできなかったかもしれませんが、悔いは全くありません。もうしばらくは研究者を続けたいと算段しているところです。

― 直島の浜辺の風景 ―

【略歴】

出身地 秋田県秋田市
出身高校 灘高校 1973年卒業
大学院 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程 1982年修了
主な職歴等 大阪大学教養部助手 同助教授
京都工芸繊維大学工芸学部教授
1999年より大阪大学理学研究科教授、現在に至る。
その他 日本物理学会(第73期、第74期)会長
日本学術会議 第3部会員
日本学術振興会学術システム研究センター主任研究員(数物系)

 

 

IPhO 2022日本大会にご理解とご支援を頂いている団体・個人の方は、次のとおりです。
<50音順・敬称略> 2019年8月末 現在

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  •  一般社団法人 日本物理学会
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  •  有山 正孝   
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  •  結城 章夫   

  • 【個人賛助会員】
    •  有山 朋子  太田 律子
    •  鈴木 章文  谷本 滋
    •  益川 敏英  宮嶌 和男
    •  山下 穣   

【団体(法人) 寄付】

【個人 寄付】

  •  会沢 成彦  有山 明子
  •  有山 正孝  家 泰弘
  •  岡島 礼奈  梶田 隆章
  •  北原 和夫  小林 誠
  •  鮫島 昌弘  杉山 忠男
  •  住田 苗雄  高梨 直紘
  •  千葉 順成  遠山 貴巳
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